西加奈子『こうふく みどりの』(小学館文庫)読解・軽く分析

後輩の女の子が
西加奈子『こうふく みどりの』を読んでて最後の方でわからなくなった」
「全部わからない」(←多分、謙遜して?“全部”と言ったと思う。物語を通しての解釈が最後の方でわからなくなったのだと思われる)
というので、『こうふく みどりの』読んでみた。

で、確かに色んな仕掛けがしてあって、読書経験が少ないと
キッチリ読み解くのは些か難儀しそうな物語だった。
少なくとも、軽い気持ちでさらっと読める物語ではない。


気付いた特徴をとりあえず列挙すると
・目次がない
・語り手が5人登場し、2人は作中の誰が語り手となっているのか、
 読み進めないと明らかにならない
・マトモな男性が出てこない。じゃあ、マトモな女性は
 出てくるのかと言われたら、それも微妙w 
・『民生を豊かに 明るい明日を』
 これは代議士(おっさん)の選挙ポスターに書かれてるコピー(初出は41頁)で、
 ところどころ出てくる。
 41頁以降、緑は「豊かさとは何か」をちょいちょい考察してる(記憶違いだったらごめんなさい)
・匂いに関する記述が多い。特に前半。



最初の方は、中二の緑14歳が語り手(関西弁)となって日常生活がのほほん(読むスピードをあげようとしても、こののほほん感が作中に漂っているので速く読めないぐらいののほほんぶり!)と描かれている。こののほほんぶりは、関西版「ちびまる子ちゃん」と言ってもいいぐらいに。
まあ、冒頭いきなり「ガバマン」の話が出てきたり、いいところで大根がでてきたりするのだけれど。<目次がない>
例えば、村上春樹の『1Q84』は目次があって、バッハの平均律クラヴィーアの、
2冊各24曲を模した構成になってる。作者は意識して書いたと言われ、読み解く1つの鍵になっていた。
しかし、のちのちBook3が出たことによって、崩れてしまったが。



閑話休題。本作の目次がないのはもちろん作者の意図。
試しに、以下に列挙してみる。
ちょっとネタバレになるけれど、一緒に語り手も。

『そのまま前にお進みください』 <語り手:緑 3頁〜>
『始まりはいつもあいさつから』 <語り手:緑 16頁〜>
なし <語り手:棟田の奥さんの回想 28頁〜>

『銘菓 水団子 お早めにお召し上がりください』<語り手:緑 33頁〜>
『身辺の整理整頓は、心の整理整頓につながる!』<語り手:緑 コジマケン登場 44頁〜>
なし <語り手:棟田の奥さんの回想 52頁〜>
『犬の糞は飼い主の責任』 <語り手:緑 57頁〜>
『二組の窓ガラス割った者は生徒指導室に来ること』 <語り手:緑 66頁〜>
なし <語り手:棟田の奥さんの回想 77頁〜>
『あなたの未来、占います』 <語り手:緑 82頁〜>
『突撃! ウェンズデイ 進行台本』 <語り手:緑 91頁〜>
なし <語り手:緑の祖母 相手は誰だかわからないけれど告白してる104頁〜>
『頭を下げる世の中ではなく、頭が下がる世の中に 明心寺』 <語り手:緑 110頁〜> 青木君、屋上から手を振る
『遅刻した者は職員室に名乗り出ること』 <語り手:緑 121頁〜> 前章と同じ日
なし <語り手:棟田の奥さんの回想 131頁〜>
『ふんわりやさしい味です』 <語り手:緑 136頁〜>
『キケン、トマレ』 <語り手:緑 146頁〜> 青木君、自殺
なし <語り手:藍、というか日記形式 157頁〜>
『それから』 <語り手:緑 159頁〜> 夏目漱石『それから』が出てくる
なし <語り手:棟田の奥さんの回想 167頁〜> 棟田、シゲを殺してしまう。
『A』 <語り手:緑 172頁〜> 
かあちゃんへ <語り手:茜、というか手紙形式 184頁>
『生徒指導室 静かに』 <語り手:緑 188頁〜> 藍、おばあちゃんにボコられる
なし <語り手:棟田の奥さんの回想 197頁〜> 棟田が刑務所に入ってからの奥さんの心境等
『春休みの心得』 <語り手:緑 201頁〜> 
『辰巳 呼び鈴は門の中』 <語り手:緑 210頁〜> 
なし <語り手:棟田の奥さんの回想 221頁〜> 自分に酔ってたと独白
『ご家族の団欒を、美味しいハロー!ビスケットと共に』 <語り手:緑 226頁〜> 
『A』 <語り手:緑 172頁〜> 
なし <語り手:緑の祖母(の告白の続き) 237頁〜>夫となるヒトの弟を海に突き落とし、殺害
『調子が悪いので、レバーを下まで押してください』 <語り手:緑 243頁〜> 
なし <語り手:茜 日記形式 253頁〜>
『明るい明日を』 <語り手:緑 254頁〜> 
なし <語り手:棟田の奥さんの回想 263頁〜>



<登場人物>
緑・・・本編の主人公。幼い時に「タイガーマスク」を見て「さやま」と正体を見破る。
    ラストで緑の目になり、不思議な能力をおばあちゃんから受け継いだっぽい。
おばあちゃん・・・誰が帰ってくるとか、亡くなるとか、未来が読める。
         戦後女手一人で2人の子供を育てただけあり、パワフル。
         物語の中で、戦後の苦労などを語らず。戦後の苦労話は
         既に他に五万とあるからか。おばあちゃんの戦後の苦労は
         『ほたるの墓』等から推測すべし。
         独占欲が強い。夫となる人の弟を海に突き落とし、殺害。
茜・・・緑の母。妻子ある人を好きになり、妊娠・出産。
    物語の中では布団の中で1日中タバコ吸ってボンヤリしてる(という割には1日3箱)
    藍が来てから家事は一切しない。
藍・・・DV夫から、娘の桃を連れて逃げてきた。
    料理上手。14歳のコジマケンと交際。
    作中で出てくる日記が凄い。20代とは思えないぐらい幼い内容。
桃・・・藍の4歳の娘。父親から虐待を受けていた?(作中で言明されていない)
    ロクに口がきけない、というかしゃべらないし、意思表示をしない。
    おしっこの時も「おしっこ」といわずにその場におもらしするぐらい、意思表示しない。
    (二十歳になっても続いたら・・・と考えたら恐ろしいね。
    藍は一体何を考えてるのか、とオレも心配になる)
シゲおじさん・・・本当の名はシゲオ。藍の父親。荒くれ者。
         おばあちゃん、茜には優しかったらしい。
         おでん屋で隣の人の酒を肘ぶつけて落として、喧嘩になり、死ぬ。
         おばあちゃんの旦那(緑の祖父)が亡くなった弟と同じ名前を命名
         おばあちゃんは殺害した旦那の弟の名前を呼び、育てたということ(恐!)
緑の父・・・妻子あり。月に30万ぐらい生活費・養育費を茜の口座に銀行振り込みしてる。
      通常だと、緑は異父兄弟を見に行く展開になってもおかしくないのだけれど、
      緑はそういうことに興味なし。
明日香・・・アホで身勝手な美少女?中一の秋に初体験。喫煙癖あり。
      作中で喫煙が見つかり、停学になる。中二にして過去に4人の男と付き合ってる(!)
      初体験の相手は3人目でケンカが強い不良っぽい。顔はイケてないっぽい。
      明日香は作中で「相手をもっと選べば良かった」みたいなことを言い、後悔してる。
コジマケン・・・小島犬。父親が賭博で負けて「犬」と名づけられた。
        背がでかい。茜と同じような目をしてると緑は感じてる。
        胸にコンパスか何かでAと彫る
コジマケンの父・・・流しの修理工。人妻と交際中。
金田・・・緑のクラスメイト。洋物のエロ本好き?お調子者で遅刻の常習犯。
     実家にゼットンズという若手お笑い芸人が来て以来、
     「日本一の芸人か役者を目指す」と言い始める。
     最初、両親は反対するが「本気なら応援する」と認められる。
田村のおっさん・・・仕事してるのかどうかわからないおっさん。
          巻末の西原と西の対談では、「仕事してる」らしい。
金田のおとうさん・・・芸人に嫁を暗にデブとからかわれて怒る。
          作中に出てくる人物でマトモな人その1。
金田のおかあさん・・・ニコニコ愛想がいい。芸人にデブと暗にからかわれて以来、
           お客さんに「私そんなに太いですか」と聞くようになる
          (そんなに気にするんだったら、オレは痩せればいいだけ
           じゃねーかと思うんだけど)
アキオ・・・森元さんの息子。もうすぐ二十歳。妊娠させた18歳の子を連れて帰ってくる。
アスコ・・・アキオの嫁

カミさん・・・神棚にあがってた白猫。辰巳家のペット。
ホトケさん・・・黒猫。辰巳家のペット。
ポックリさん・・・愛想で尻尾を振る犬。

棟田さん・・・おでん屋でシゲおじさんに酒をこぼされ、包丁で脅すつもりが
       あやまって殺してしまう。ち○この奇病で、子供を作れない。
棟田さんの奥さん・・・口下手。オレの勝手なイメージでは幸薄そうな顔w
増本さん・・・棟田夫妻が住むアパートの大家。奥さんをなくし、子供もいないので
       若い棟田夫妻を子供のように見守る。すっごくいい人。
       作中に出てくる人物でマトモな人その2(マトモな人は2人だけ)

猪木・・・アントニオ猪木。プロレスラー。1943年生まれ。
     引退が55歳ということは、棟田の奥さんが40歳の時は1998年。
     その7年前に緑に「棟田さん、もう大丈夫」と言われているので
     1991年の時に緑は14歳なので、緑は恐らく1977年生まれで作者の西加奈子と同い年か。
     巻末のあとがき、対談で猪木の引退の言葉?詩?である「道」から
     インスピレーションを得たと作者が言い
     物語の最後に出てくることから、物語を読み解く1つ鍵になっている。



<辰巳家は男運がない?>
・おばあちゃんの場合、旦那の弟を殺しているのだから逃げられても仕方なくね?
・茜の場合、妻子ある人を好きになり、妊娠・出産。そういう人を選ばなければ
 いいだけの話だけど、好きになったらしょうがないっていう感覚。作中で、
 この一家は幸せそうなのでこれはこれでいいのかもしれない。相手の妻子から
 したらとんでもないことだと思うけれど。
・藍の場合、結婚相手に虐待され、家を飛び出す。
以上のことから、「男運がない」わけではなく、自ら招いた結果、
男を見る目がないだけだと自分は思うのだけど。
世間一般的に、「男を見る目がない」ことを「男運がない」ということ多いと思うけれど、
現実を直視できないからか?認めたくないのか?
ちなみに、上記の3人は自分で「男運がない」とは言ってない。


<辰巳家の恋愛観?>
おばあちゃんは弟を殺して夫をゲットするも、バレて逃げられる。
茜は、妻子ある男性の子供を生み、生活費・養育費を貰って育ててる(と明言するのは厳しいか)
藍は、14歳の少年に手を出す。
この一家、大丈夫か?


<2人のシゲオ>
緑のおじいちゃんの弟は重度の知的障害で普段からヘラヘラ。
シゲおじさんは喧嘩で死ぬほどの荒くれ者。


<親の子供に対するメッセージ>
「緑、あんたの好きなようにしぃ」(茜から緑へ 203頁)
「(わかり難くなるので冒頭部分略)それがお前のほんまの夢やったら、頑張れって」(金田の親から金田へ 219頁)
「あたしより先に死なないでいてくれたら、それでいい」(アスコから子へ 235頁)


<緑とコジマケンの共通点>
同性の片親でみどりは父親に会ったのは1回。
コジマケンは小さい頃いたらしいが覚えてない。
お互い、会いたくない。



<類似性があると感じた作品>
山田洋二監督「おとうと」・・・とにかくダメなおじさん(笑福亭鶴瓶が演じてる)が温かい目線で描かれてる。舞台もたしか関西だったかな?
町田康の『夫婦茶碗』等初期作品・・・ダメ男が脇役ではなく主人公なので、視点を変えれば。


<青木君の自殺>
謎として残る謎。青木君、小6の2学期から不登校。学級会でなぜ不登校になったか
話し合うが誰も原因わからず。そうこうしてると自殺する。遺書なし。

<おばあちゃんの死生観>
・「殺人者は、そこいら中におるからな」(←154頁より抜粋)
 おばあちゃんとの会話により、緑の車に轢かれそうになって死が身近に
 あったかもしれないことを緑は思い出す。
 これは作中では言及されないが、藍のDV夫は昨今ニュースで話題になるように、
 桜を虐待死させた可能性も。
・シゲオは死ぬことになっていたんです(←243頁より抜粋)というおばあちゃんの独白(恐!)


<棟田の奥さんの愛>
「心清らかに」、「あの人のために」、そう思ってたときは、きっと、彼のこと、見てへんかったにゃと思います。彼を愛してるなんて言うといて、その対象を、見てなかった。私の気持ちはそのまま自分に返ってきて、その甘ったるい気持ちをじゃあじゃあ浴びて、生きていました。でも今、彼に腹を立てて、憎んで初めて、彼のこと、好きなんやわ、と、思いました。ものすごく、悔しかったけど、ちゃんと、好きなんやわと思いました。(以上263頁から抜粋)


<どうしようもない人も受け入れる共同体の文化?>
これは巻末にある西と西原の対談の小題。
ここで西原は「西の人は優しいんだよね。トラブルも、傷ついた人も、みんな包み込んでしまう」と言ってるけれど、おばあちゃんは「この人がいなくなれば」と人を殺してるじゃねーか(笑)
自分が西の出身だから、美化したいんだろうね、西原。

オレの関西人のイメージは、笑いについてこれなかったら村八分な感じ。
特に若いと先鋭化しちゃうから、その傾向は強い。
国民性というか、人間の多くは基本排他的、年をとれば取るほど保守的になり、
新しいものを受け入れなくなると思ってるけど。
もちろん、全員が全員というわけではなく。


<その他>
・おじいちゃんが出奔した理由を、おばあちゃんは「戦争が終わったことで、いろんなことに絶望したんやろう」(←60頁より抜粋)と言う。普通は終わってほっとするところでは?
・シゲおじさんの葬式で「自分のことだけで飽き足らんと、他人さんまで不幸にしくさって」というおばあちゃん。夫の弟を殺しておいて言えることか?人間は矛盾した生き物、と考えるなら問題ないけど、そうでなければ作中の矛盾点となるが。
・「おかしくなるくらいヤッて」と叫びだしたかった(←263頁より抜粋)棟田の奥さん、出てきた時は二十歳そこいらで初々しかったのが、40になってハッチャケ過ぎだろww この辺りは作者のユーモアか。西のお笑い文化か。

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挙げておきながら、個人的見解を述べてないところもあるけれど
この文章が後輩の女の子に向けてのもので、その子が考える余地を
残しておこうという一応配慮なのでご容赦を。

次のエントリは、小説ではなくノンフィクション。
佐野眞一津波原発』の予定です。